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2013年 05月 28日

お地蔵さん

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ほっこり笑顔になるとき。


嵐山にて。




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by sucrecuit | 2013-05-28 21:38 | KYOTO/ 京都に暮らす
2013年 05月 27日

京都のパリ

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京都市とパリは、それぞれの国内屈指の観光都市であり、文化遺産が多数点在しているという
都市の性質が類似していることから、1958年に姉妹都市として認定されています。
それから50年以上も姉妹都市である京都とパリ。
私がパリという町に恋に落ち、定期的にパリへ足を運ぶようになったのも
パリが大好きな京都の町にどこか似ていたからでしょう。
それは町の真ん中に大きな川が流れていて、古くからある伝統を守りつつも
新しいものをちゃんと受け入れる器の大きさもあるところ。
ほんまもんの価値を知っているところ。
暮らしている人たちが自分の町をこよなく愛していて、誇りを持って生活しているところ。
それぞれの町に漂う空気感というものが似ているのだと思います。
だから私は京都からパリに旅出つ時、異国の地であるはずのパリで、なぜかほっとするのです。
旅をするわくわく、ドキドキした気持ちと同時に、故郷へ帰ってきたような落ち着きと安心感すら覚える不思議な感覚。
旅も終り、京都に帰ってきて気付くのは、京都の中にも確かに小さな「パリ」は存在していて
地元京都人の日常の暮らしの中にうまく溶け込んでいるということ。

これは、そんな京都の中の小さなパリ。


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by sucrecuit | 2013-05-27 21:05 | KYOTO/ 京都に暮らす
2013年 05月 21日

祇園路地

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車の行き交う四条通りに不思議な空間が現れる。




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by sucrecuit | 2013-05-21 09:31 | KYOTO/ 京都に暮らす
2013年 05月 20日

都をどり

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「都をどりは ヨーイヤァサー」


「ヨーイヤァサー」という独特の黄色いかけ声とともに芸舞妓さんたちが次々に花道に現れ、
このかけ声を待っていましたと言わんばかりに祇園甲部歌舞練場は一瞬の間静まり返ります。
お囃子の音色にふわっと包まれ、芸舞妓さんの艶やかな衣装に目が釘付けになって、
しばし現実の世界を忘れて都をどりの世界の中に体ごと入りこんでしまいます。
祇園甲部歌舞練場で繰り広げられる都をどりは、鴨川をどりや京おどり、北野をどりと共に京都の花街の踊りのひとつとして
京都に春の訪れをつげる風物詩となっています。
都をどりの始まりは、明治5年に京都の町の伝統を守りつつも新しい近代都市をつくろうとする志みで開かれた
第一回京都博覧会の余興として企画されたのがはじまりです。
博覧会の集客をうながすために、江戸後期に始まる京都の座敷舞の一流派である京舞井上流の三代目、井上八千代などにより、
お座敷舞ではなく集団としての「舞」である都をどりが創作されました。
この京都博覧会での公演が評判を呼び、翌年の明治6年には花見小路の西側に新設された歌舞練場で第二回都をどりが開催され、
以後毎年春に開催されることになりました。これにより井上流は祇園町の舞の師匠としての地位を確立したそうです。
「茶券付特等観覧券」を購入すれば、舞台の前にお茶席で芸舞妓さんによるお点前を披露していただけ、
お菓子とお抹茶を楽しめます。この時お菓子と一緒に配られる「団子皿」に描かれているのは、提灯つなぎ模様。
この絵柄は、明治天皇が東京に移られる際に京都の人々が提灯を掲げて見送ったことにちなむそうです。
色は赤・白・緑・青・茶の五種類で、何色の団子皿がもらえるかは当日のお楽しみです。
「さて、今年の団子皿は何色かしら。」




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お茶席を待つ間は桜の咲くお庭を眺めます。今年の私の団子皿は茶色でした。
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by sucrecuit | 2013-05-20 09:55 | KYOTO/ 京都に暮らす
2013年 05月 16日

京都のさくら

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「この桜の木がぱっと花を咲かせる頃、またここへ来て花見をしよう。」


そう心に決めた温もりの恋しい季節。
今か今かと待ちくたびれて、やっとピンク色の季節が訪れた時には
もうそこへはたくさんの人が押し寄せていて、落ち着いてゆっくりと桜を楽しむ余裕などなく
がっくりと肩を落としてしまうことが何度かありました。
桜はみんなのものだから仕方がないと自分に言い聞かせることを毎年繰り返すうちに、
自然とあまり人に知られていない桜の見所を探す癖がつくようになりました。




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by sucrecuit | 2013-05-16 20:20 | KYOTO/ 京都に暮らす
2013年 05月 14日

五山の送り火

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まだ小さかった頃、8月16日の夜8時が近付くと、家中の明かりをすべて消して急ぎ足で近くのマンションの屋上まで行き、
兄と一緒に炎によって浮かび上がった「大」の字を見てはしゃいでいました。
一つのイベントごとのようにとらえていた大きな「大」の字は、物が分かるようになった頃、
お盆の間にお迎えしていたご先祖様を五山の送り火によってあの世にお送りしているのだと、誰かにそっと教わりました。
それ以来ずっと、ご先祖様が無事にあの世に戻れるようにとお祈りしながら送り火を見届けています。
五山の送り火が一般に広く行われるようになったのは、仏教が庶民の間に深く浸透した室町時代以降であるといわれています。
その起源には、平安初期に空海が始めたという説や、室町中期に足利義政が始めたという説や、
江戸初期に近衛信尹によって始まったとする説など諸説ありますが、まだ確かな記録は残っていないそうです。
夜の8時が近付くとだんだんと家の明かりが消えていき、普段より暗い京都の町に夜8時、大文字にぽっと火が灯されます。
松ヶ崎妙法、船形万燈籠、左大文字、鳥居形松明と西へ西へと順次点火されていきます。
前日の正午頃からは銀閣寺門前で護摩木の受付が始まり、護摩木に亡くなった人の名前や願いごとを書いて送り火で供養します。
杯やお盆に大文字の「大」を写して飲むと無病息災や中風にならない、
大文字の送り火の消し炭を戸口に吊っておくと家内安全のお守りになる、などという言い伝えもあります。




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by sucrecuit | 2013-05-14 21:24 | KYOTO/ 京都に暮らす
2013年 05月 13日

六道まいり ―珍皇寺―

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あの世まで響くと言われている「迎え鐘」の鐘の音が響くのは、お盆に入る前の8月7日から10日の間。
この迎え鐘で、ご先祖様をこの世に呼び戻すのです。
六道さんと呼ばれる六道珍皇寺の位置する一帯は、平安時代、「烏辺野」と呼ばれる葬送地でした。
そのため、この世とあの世の境界として様々な伝説を生み、六道まいりの信仰を集めたのだそうです。
境内の参道で高野槙をもらい、本堂で水塔婆にご先祖様の名前を僧侶にしたためてもらった後、迎え鐘をつき、ご先祖様を迎えに来たことを知らせます。
線香の煙で水塔婆を清めたあと、お地蔵様の前へ
それを納め、槙の葉で水をかけて供養すると、槙の葉にご先祖様の霊がのって、家に帰ってくるといわれています。
こうして京都では、お盆の間に、ご先祖様を家に迎え入れるのです。

六道まいりの後は、六道さんのそばにある<みなとや>で「幽霊子育飴」を買います。
「幽霊子育飴」、なんとも怪しい名前の飴。
昔、この近辺で夜な夜な飴を買いに来る女性がおり、調べてみると、身重のまま死んでしまった女性が死後出産し、
幽霊となって自分の赤ん坊に舐めさせる飴を買いに来たという言い伝えによるもの。
麦芽糖でつくった琥珀のような飴で、トンカチで砕いたような、大きさが不揃いの素朴でおいしい飴です。
この怪しい名前からは想像もできないほど、やさしい味がするのです。



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by sucrecuit | 2013-05-13 08:49 | KYOTO/ 京都に暮らす
2013年 05月 08日

祇園路地

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花街の金魚。 祇園路地にて。




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by sucrecuit | 2013-05-08 09:24 | KYOTO/ 京都に暮らす
2013年 05月 06日

錦市場

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何個か荷物を持ちながら歩いていたら、人とすれ違う度にそれらがぶつかってしまわないかと気になってしまうぐらい、
広くない通りの両側にお店が立ち並ぶ錦市場。
行き交う人も多いから、歩くのももたもたとなってしまう。
それでも寺町あたりから烏丸通りに向かって帰る道に、錦市場の通りをわざと選ぶことが多いのは、
錦市場のにおいや、ちょっと薄暗い雰囲気や、漂う空気が大好きだから。
おまけに通り全体にアーケードがついているから、雨の時なんかは錦市場を通るとなんだか得した気分になります。
錦市場の近くでちょっとの間アルバイトをしていた学生時代は、よく<井上>で売られている
やさしい味のおばんざいをお昼ごはんに選び、バイト仲間に「お昼はにしきで買ってきてん。」と自慢して、
机の上におばんざいを並べ、ちょっとだけ大人になった気分になっていました。
錦市場の歴史は古く、平安京建設時にはもうすでに錦市場は「具足小路」という名で存在し、
道幅12メートル程で市が立っていたといいます。
きれいな地下水が魚や鳥の貯蔵に適し、御所にも近く、さらに住民の多い都心部であったことから、
自然とこの地に市が立つようになっていたそうです。
江戸時代からは魚市場として本格的な活況を見せ、明治には魚や鳥類だけではなく、
青果もあつかわれるようになり、次第に今の錦市場の形になっていきました。



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by sucrecuit | 2013-05-06 20:43 | KYOTO/ 京都に暮らす
2013年 05月 05日

京都の中心を流れゆく鴨川

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人生の分岐点すべての時に、私のとなりには鴨川が流れていました。


傷付くのが怖すぎて、最後までずっと伝えられずに終わった大好きという気持ちも、
先の見えない不安や意味のない焦りも、ごめんなさいがただ言えなくて陥る自己嫌悪も、もどかしさも、
青春時代に感じることのできるすべての感情を、そのままの形で包みこんで、川の流れと一緒に流してくれるような、
鴨川は私にとって、そんな偉大な存在でした。
こうやって鴨川を、ただの川としてではなく、青春時代と重ね合わせる人も多いはず。
時に優しく癒してくれて、時に荒々しく人々の生活を脅かす存在であった鴨川は、
長い年月をめぐって流れ続けて行く中で、京都人にとって特別な川となっていったのです。
学生時代は、河原に座り込んで物思いにふける時も、友達と二人で座り込んであれこれ話しているうちに、
なぜか途中で二人とも泣いて、でも最後は笑って、暗くなったら家に帰っていった時もありました。
自分のやりたいことがわからないことに焦って、トンネルの中をもがいているように感じた大学2年の秋風の吹く季節だって、
私は鴨川のベンチに座ってひとり昔のことを思い出しながら、ぼーっと物思いにふけっていました。
今はこんな学生時代のようにはなりませんが、私にとって鴨川が特別な存在であるということに変わりはなく、
時々ぶらりと散歩したり、犬を連れて走ったり、気分が良い時は張り切ってピクニックもしたりします。
お花見シーズンのように人々で混みあうこともなく、心地良い風が肌をかすめる5月は、鴨川でピクニックをするのに最適な時期。
鴨川近くのパン屋さんでたくさんパンを買いこんで、木陰でそれらをおいしくいただいて、ピクニックを楽しみます。




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by sucrecuit | 2013-05-05 08:45 | KYOTO/ 京都に暮らす